2024年04月05日
ファクタリング利用会社から当社に対する損害賠償請求が認められなかった事例
【東京地方裁判所 令和3年(ワ)第29687号 損害賠償請求事件 令和4年11月29日判決】
【東京高等裁判所 令和5年(ネ)第515号 損害賠償請求控訴事件 令和5年6月14日判決】
【最高裁判所 令和5年(オ)第1557号 令和5年(受)第1977号 令和6年3月22日決定】
一般に、ファクタリングとは、事業者が保有している売掛債権等を期日前に一定の手数料を徴収して買い取るサービス(事業者の資金調達の一手段)であり、法的には債権の売買(債権譲渡)契約といわれています。
これを額面通りにとらえますと、民法466条1項により債権の譲渡は可能ですし、民法555条によって債権の売買は合法ということになりそうです。
しかし、ファクタリングという形態の取引であっても、経済的に貸付けと同様の機能を有していると思われるようなものは、貸金業に該当するおそれがあるとも指摘されています。
このように、ファクタリングについては、違法な取引形態もあるということから、金融庁はホームページで「ファクタリングの利用に関する注意喚起」を促しています。確かに、同ホームページで紹介されている、ファクタリング契約を巡り争われた裁判では、合法とされた事案がある一方、違法とされた事案もあるのも事実です。
他方で、債権法(民法の契約等に関する部分)が改正されたことより(施行日・2020(令和2)年4月1日)、債権譲渡制限特約(債権譲渡禁止特約を含みます)が付された債権についても、譲渡を有効に行うことが可能になりました(民法466条2項)。
債権譲渡は、現実の問題として、弁済期前に債権を売却して代金を得ることなどを目的として、中小企業等の資金調達のために行われることがあるとされています。
ところが、債権法の改正前のもとでは、債権者と債務者との間の契約に債権譲渡制限特約を付することで債権譲渡を無効とすることができたため(旧民法466条2項)、債権者(中小企業等)の円滑な資金調達が妨げられるとの声があったことから、このような実情に対応できるように、債権法が改正されるに至ったといわれています(経済産業省のホームページ「債権法改正により資金調達が円滑になります」参照)。
このような背景事情からしますと、ファクタリングは、国が推奨している資金調達方法ともいえますので、ファクタリング契約にかかわる当事者は、違法とならないように留意すべきものといえましょう。
第1 訴訟の顛末
ファクタリング利用会社(A社)が当社に対し、不法行為による損害賠償を求めて訴えた訴訟において、「請求を棄却する判決」、「控訴を棄却する判決」、「上告を棄却する決定」および「上告審として受理しない決定」が下されました。全体を通しての裁判所の判断は、1審判決を網羅した控訴審判決にまとめられていますので、以下、控訴審判決を「本判決」と表記して説明します。
第2 本判決の理由の骨子
- 本件各ファクタリング契約については、本件各債権に譲渡禁止特約が付されていること等のA社の指摘にかかる諸事情を踏まえても、金銭消費貸借契約の本質的要素である返還約束と同内容の合意をするものと認めることはできない。
- 本件各ファクタリング契約において当社が実際に得た手数料の額は、本件各券面額(返済額)に照らして、直ちに公序良俗に反するものとみるべき程度に著しく高額なものであるとまでは認められない。
第3 当事者
- 原告・控訴人・上告人兼申立人(A社):大手および準大手ゼネコン(まとめて「ゼネコン」)の第一次下請として、主に金属工事の施工・設計を業とする株式会社
- 被告・被控訴人・被上告人兼相手方(当社):ファクタリング業等を目的とする株式会社
第4 事案の概要
- A社は、当社との間で、ゼネコンに対して有する本件各債権を当社に譲渡する旨の売買契約を締結し、当社から譲渡代金の支払を受けた後、当社から委託を受けて本件各債権の回収をし、回収にかかる各金員を当社に交付するという取引(二者間ファクタリング)を行いました。
- A社は、主位的に、本件各ファクタリング契約は、その実質が金銭消費貸借取引であるから、貸金業法および出資法に違反する行為である旨主張し、予備的に、本件各ファクタリング契約は、暴利(高額の手数料)を収受するものであるから、公序良俗に反し、民法90条により無効である旨主張して、当社に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、合計1億6644万1000円および遅延損害金の支払を求めました。
第5 本判決の示した「ファクタリング契約」の法的性質
- ファクタリング契約は、債権を売買し、売買代金を当該債権の券面額(返済額)から買主が取得する手数料を控除した金額とする形態の契約をいい、売主にとっては、当該債権の支払期限到来前に当該債権を利用して資金を調達する手段が得られるという経済的機能を有します。
- また、二者間ファクタリング契約は、債務者に対する債権譲渡通知が行われず、売主において自ら債権を回収して買主に回収した金員を交付する形態のファクタリング契約であり、売主は、債務者に対してファクタリング契約を締結したことを知られることなく買主から資金を調達することができるという利点を有します。
第6 争点
- 本件各ファクタリング契約は、実質的に金銭消費貸借契約に該当するもので、貸金業法および出資法に違反するか否か(争点1)
- 本件各ファクタリング契約は、暴利(高額の手数料)を収受するもので、公序良俗に反し、民法90条により無効となるか否か(争点2)
第7 争点1関係
1.A社の主張の要旨
A社は、本件各ファクタリング契約については、本件各債権に譲渡禁止特約が付されていること等の諸事情を考慮すれば、通常の債権の売買とは明らかに異なるものであって、実質的に、金銭消費貸借契約の本質的要素である返還約束と同内容の合意をするものとみるべきであり、本件各券面額(返済額)の各年利がいずれも年109.5パーセントを超え、かつ、当社が貸金業の登録を受けていないから、A社との間で本件各ファクタリング契約を締結したことは、貸金業法および出資法に違反する行為である旨主張しました。
2.当社の反論の要旨
当社は、A社においては、ゼネコンから集金した金員の限度で当社に引き渡せば足りるから、本件各ファクタリング契約は、実質的に金銭消費貸借契約に該当しない旨反論しました。
3.本判決の判断の要旨
金銭消費貸借契約の本質的要素は、返還約束と同内容の合意をするものであり、その内容は借主が弁済期に貸主から交付を受けた金員と同額の金員を返還することにあるから、A社が、本件各ファクタリング契約において、当社から交付を受けた金員と同額の金員を当社に返還する義務を負っているものといえるかどうかによって、金銭消費貸借契約に該当するかどうかが決まる。
⑴ 本件各ファクタリング契約は、A社と当社間の本件各債権の売買契約で、A社が当社から委託を受けてゼネコン(債務者)から債権を回収し、回収した金員を当社に交付するという内容のものであること
⑵ A社は、ゼネコンから回収できた金員をそのまま当社に交付すれば足りること
⑶ A社がその一般財産から当社に交付する金員を拠出することは、予定されていないこと
⑷ 当社は、A社に対し、A社が回収した金員の限度でその支払を請求できるにとどまること
⑸ A社が債務者の資力不足等によって債権を回収できなかった場合には、それによって当然に売買契約の効力が失われて債権がA社に復帰するという条項も設けられていないこと
⑹ A社は、当社に対し、債務者の資力を担保することを明示的に否定していること
⑺ 本件各債権は、A社から当社に確定的に売却されること
⑻ 債務者の不払リスクは、当社がそのすべてを負担すること
⑼ A社は、債務者から回収した金員のほかに、当社に対し金員の支払義務を負わないこと
以上から、A社は、当社から本件各債権の各譲渡代金として交付を受けた金員と同額の金員を、当社に交付する義務を負っているものとはいえないから、本件各ファクタリング契約については、本件各債権に譲渡禁止特約が付されていること等のA社の指摘にかかる諸事情を踏まえても、金銭消費貸借契約の本質的要素である返還約束と同内容の合意をするものと認めることはできない。
【講評】
本判決は、本件各ファクタリング契約が、金銭消費貸借契約に該当しないと結論付けたわけです。
このように、本判決は、ファクタリング取引の実態に目を向け、本件各債権売買契約について、返還約束と同内容の合意をするものといえるか否かの判断要素を重視して、客観的に判断したものといえます。
第8 争点2関係
1.A社の主張の要旨
A社は、当社が本件各ファクタリング契約の取引において暴利(高額の手数料)を収受するものであるから、本件各ファクタリング契約は、公序良俗に反し、民法90条により無効である旨主張しました。
2.当社の反論の要旨
当社は、証拠上認められる事情を考慮しても、公序良俗違反は認められない旨反論しました。
3. 本判決の判断の要旨
当社が売買差益として収受する手数料の額は、本件各ファクタリング契約の締結等に伴う諸手続費用のほか、本件各債権の額やその弁済期限までの期間、本件各債権について当社が引き受ける不払リスクの見込み、A社において得られる早期資金化の利益等の事情を考慮して定められる。
⑴ ファクタリング契約は、債権を売買し、売買代金を当該債権の額から買主が取得する手数料を控除した金額とする形態の契約であること
⑵ 売主にとっては、当該債権の支払期限到来前に当該債権を利用して資金を調達する手段が得られるという経済的機能を有すること
⑶ 二者間ファクタリング契約は、債務者に対する債権譲渡通知が行われず、売主において自ら債権を回収して買主に回収した金員を交付するという形態のファクタリング契約であること
⑷ 売主にとっては、債務者に対してファクタリング契約を締結したことを知られることなく、買主から資金調達を図ることができるという利点があること
⑸ ファクタリング業者は、売掛債権自体の種々のリスク(債権の不存在や不払、多重譲渡など)を負担することから、一般的に当該債権の買取率が額面よりも相当程度低くなる傾向にあること
⑹ A社が当社に交付した金額(返済額)が、A社が当社から交付を受けた金額(譲渡代金)よりも高額であることは、本件各ファクタリング契約が当然に予定している仕組みであること
⑺ 本件各ファクタリング契約は、その性質上、当社(買主)が相当額の売買差益を得ることを当然に予定するものであること
⑻ 本件各ファクタリング契約は、A社(売主)が、本件各債権の支払期限を待つことなく早期にこれを資金化するという利益を得ることができるから、経済的な合理性・有用性を有すること
以上から、手数料がある程度高額なものとなったとしても、そのことから直ちに本件各ファクタリング契約が公序良俗に反するものであることが基礎付けられるということはできないうえ、本件各ファクタリング契約において当社が実際に得た手数料の額は、本件各券面額(返済額)に照らして、直ちに公序良俗に反するものとみるべき程度に著しく高額なものであるとまでは認められない。
【講評】
本判決は、ファクタリング契約の資金調達の経済的機能や早期資金化の経済的な合理性・有用性からも、返済額が譲渡代金よりも高額となることは、本件各ファクタリング契約が当然予定している仕組みであるとして、取引の実態に照らし判断したものといえます。
第9 本判決から学べること
本判決は、ファクタリング利用会社(A社)からファクタリング会社(当社)に対する「不法行為による損害賠償請求」を全面的に認めなかったものです。
二者間ファクタリング契約で売掛債権を売買し、債権回収についての業務委託契約を締結した場合には、この委託契約こそが実質的な金員の貸付行為を債権の売買行為に偽装するための巧妙な契約形態である旨主張する論者もおり、これに同調する弁護士のアドバイスにより、ファクタリング利用会社がファクタリング会社に対し、本件のような損害賠償請求を提起する事例があります。
しかし、個々のファクタリング契約ごとに、その取引実態を十分認識できていれば、本件のような事案の場合には、訴訟を提起するメリットがないこともご理解いただけるでしょうから、ファクタリング利用者は、上記論者の主張に同調する弁護士などの意見に惑わされることなく、慎重に判断されることが望ましいといえます。
そして、今後ファクタリングの利用を検討されている企業やファクタリング業務を行っている事業者の方には、ぜひ本件決の判断内容を参考にして、正しい理解を得ていただけますと幸いです。