人材開発支援助成金とは、従業員の職務に関連する専門的知識や技能を習得させるため、職業訓練等を計画的に実施した事業主に対してかかった経費や賃金の一部を助成する制度です。
雇用した従業員のスキルアップを目指したい事業主が活用するとよい制度であり、人材開発や育成において上手に利用したい助成金といえます。
そこで、人材開発支援助成金とはどのような訓練を行えば支援対象となるのか、人材育成の制度と支給額、申請の流れについて紹介します。
目次
人材開発支援助成金とは
「人材開発支援助成金」とは、企業などに属する従業員のキャリア形成について、国が段階的・体系的にサポートするための制度です。
事業主が正規雇用する労働者に、仕事の内容に関連する専門的な知識や技能を習得させるため、職業訓練などを計画的に実施した場合の経費や訓練期間中の賃金の一部が支給されます。
ただし支給を受けるためには、以下のすべてに該当することが必要です。
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人材開発支援助成金とキャリアアップ助成金の違い
「人材開発支援助成金」と「キャリアアップ助成金」は、どちらも従業員に対する支援を行ったときに事業主に支給される助成金です。
しかし2つの制度は、支援の目的と対象者に違いがあります。
「人材開発支援助成金」は、企業の永続的発展を目的とした制度であり対象者は正規雇用労働者です。
キャリア全体を通じて、段階的に組織的なスキルアップを推進するための制度といえます。
対する「キャリアアップ助成金」は、非正規雇用の労働者が正規で雇い入れられることにより、雇用安定や処遇改善を推進することが目的とされています。
企業内でのキャリアアップを促進するための制度であるため、対象となるのはパートタイム労働者・アルバイト労働者・契約社員・派遣社員などの有期雇用契約による非正規雇用労働者です。
人材開発支援助成金のコースの種類
人材開発支援助成金は、従業員に職務関連の専門的な知識や技術を習得させるための訓練を実施した場合に支援対象となりますが、以下の7つのコースに分かれています。
- 人材育成支援コース
- 教育訓練休暇等付与コース
- 人への投資促進コース
- 事業展開等リスキリング支援コース
- 建設労働者認定訓練コース
- 建設労働者技能実習コース
- 障害者職業能力開発コース
それぞれのコースについて、対象となる訓練や助成額等を説明します。
人材育成支援コース
人材開発支援助成金の「人材育成支援コース」とは、従業員に対し、職務に関連する知識や技能を習得させる訓練を計画に沿って実施したときに助成される制度です。
10時間以上のOFF-JT、新卒者等へ行うOJTとOFF-JTの組み合わせたによる訓練、有期契約労働者などの正社員転換を目的としたOJTとOFF-JTの組み合わせによる訓練などを行うと対象となります。
助成金として支給されるのは、訓練の経費や訓練期間中の賃金の一部などであり、1年度中に受給できる助成額は1000万円までとされています。
助成対象となる訓練は、以下の区分の3種です。
訓練の種類 | 助成対象となる訓練の内容 |
人材育成訓練 |
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認定実習併用職業訓練 (厚生労働大臣の認定を受けた実習併用職業訓練) |
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有期実習型訓練 (有期雇用労働者を正規雇用労働者に転換するための訓練) |
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詳しくは厚生労働省の公式ホームページ「人材開発支援助成金(人材育成支援コース)」を参考にしてください。
教育訓練休暇等付与コース
人材開発支援助成金の「教育訓練休暇付与コース」とは、教育訓練を目的とした休暇制度や短時間勤務制度の導入の上、労働者が制度利用により訓練を受けたときに助成される制度です。
支給対象となる訓練は、有給教育訓練休暇制度(3年間で5日以上)を導入し、労働者が当該休暇を取得して訓練を受ければ助成の対象となります。
助成金として支給されるのは30万円であり、賃金要件と資格等手当要件を満たせば36万円を受け取ることができます。
教育訓練休暇付与コースは、導入する制度によって次の3種に区分されます。
訓練の種類 | 助成対象となる訓練の内容 |
教育訓練休暇制度 | 3年間に5日以上取得できる有給の教育訓練休暇を導入し、労働者が制度利用による休暇取得で訓練を受けること |
長期教育訓練休暇制度 | 30日以上の長期教育訓練休暇制度を導入し、労働者が制度利用による休暇取得で訓練を受けること |
教育訓練短時間勤務等制度 | 所定労働時間の30回以上の短縮と、所定外労働時間が免除される制度を導入し、労働者が実際に1回以上制度を利用すること |
詳しくは厚生労働省の公式ホームページ「人材開発支援助成金(教育訓練休暇等付与コース)」を参考にしてください。
人への投資促進コース
人材開発支援助成金の「人への投資促進コース」とは、令和4年4月から新たに導入されたコースであり、人への投資を加速することを目的とした令和8年度までの期間限定助成制度です。
支給対象となる訓練は、デジタル人材・高度人材を育成する訓練や、労働者が自発的に行う訓練、定額制訓練(サブスクリプション型)などであり、訓練にかかった経費や訓練期間中の賃金の一部などが助成金として支払われます。
なお、1年度中に支給される助成金は、成長分野等人材訓練を除いて人への投資促進コースで2500万円までとされています。
内、自発的職業能力開発訓練は300万円まで、成長分野等人材訓練は1000万円が上限です。
国民からの提案を形にした訓練コースであり、以下の5種の区分に該当する訓練を行った場合に助成対象となります。
訓練の種類 | 助成対象となる訓練の内容 |
高度デジタル人材訓練 /成長分野等人材訓練 |
高度デジタル人材(ITSS(ITスキル標準)・DSS-P(DX推進スキル標準)レベル3・4となる訓練または大学への入学(情報工学・情報科学)など)の育成を目的とした訓練や、海外を含む大学院で訓練を行うことなど |
情報技術分野認定実習併用職業訓練 | IT分野未経験者を即戦力の人材とするため、OJTとOFF-JTを組み合わせて訓練を行うことなど |
定額制訓練 | 労働者の多様な訓練の選択・実施が可能となる「定額制訓練」(サブスクリプション型研修サービス)を利用することなど |
自発的職業能力開発訓練 | 労働者が自発的に受講した訓練の費用を負担することなど |
長期教育訓練休暇等制度 | 働きながら訓練を受講するため、長期休暇や短時間勤務(所定労働時間の短縮や所定外労働時間の免除)などの制度を導入することなど |
詳しくは厚生労働省の公式ホームページ「人材開発支援助成金(教育訓練休暇等付与コース)」を参考にしてください。
事業展開等リスキリング支援コース
人材開発支援助成金の「事業展開等リスキリング支援コース」とは、令和4年12月から新しく取り入れられたコースです。
助成対象となる訓練は、新規事業立ち上げや事業展開、DX・GXに伴って新たな分野で必要となる知識や技能の訓練を労働者へ行った場合とされています。
訓練経費や訓練期間中の賃金の一部が、1年度中1億円まで助成されます。
訓練の種類 | 助成対象となる訓練の内容 |
OFF-JT | 実訓練時間数が 10時間以上であり、次にAまたはBのいずれかに該当すること A 3年以内の実施、または6か月以内に実施した新規事業立ち上げなどに伴う訓練であること B 事業展開はしないもののDX化やグリーン・カーボンニュートラル化を推進するための知識・技能を習得する訓練であること |
詳しくは厚生労働省の公式ホームページ「人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)」を参考にしてください。
建設労働者認定訓練コース
人材開発支援助成金の「建設労働者認定訓練コース」とは、認定職業訓練または指導員訓練のうち、建設関連の訓練を行ったときに助成されるコースです。
訓練でかかった経費の一部や、建設労働者に有給で認定訓練を受講させたときの訓練期間中の賃金の一部が助成の対象となります。
建設事業主等が建設労働者の雇用環境を改善することや、建設労働者の技能向上を図る取り組みを行ったときが助成の対象です。
ただし建設労働者認定訓練コースでは、1事業所に対し1年度の建設労働者認定訓練コースにかかる賃金助成・賃金向上助成・資格等手当助成の支給額の合計は1000万円が上限とされています。
詳しくは厚生労働省の公式ホームページ「建設事業主等に対する助成金」を参考にしてください。
建設労働者技能実習コース
人材開発支援助成金の「建設労働者技能実習コース」とは、建設労働者に技能向上を目的とした実習を有給で受講させたときにかかった訓練の経費や訓練期間中の賃金の一部を助成するコースです。
建設労働者の雇用環境の改善や、建設労働者の技能向上などを図る取り組みを行ったときに助成金が支給されます。
なお、建設労働者技能実習コースでは、1事業所に対する1年度の経費助成・賃金助成・賃金向上助成・資格等手当助成の支給額の合計は500万円が上限です。
詳しくは厚生労働省の公式ホームページ「建設事業主等に対する助成金」を参考にしてください。
障害者職業能力開発コース
人材開発支援助成金の「障害者職業能力開発コース」とは、障害者の職業に必要な能力を開発・向上させるために、一定の教育訓練を継続して行う施設の設置・運営にかかる費用の一部が助成金として支給されるコースです。
一定の教育訓練を継続して実施する施設の設置・運営を行う事業主等に費用の一部を助成することによって、障害者の雇用促進や雇用継続を図ることを目的としています。
障害者職業能力開発コースでは、訓練対象障害者について障害者職業能力開発訓練事業を行うため、訓練の施設または設備の設置・整備・更新、または障害者職業能力開発訓練事業を行う場合に受給対象となります。
障害者職業能力開発訓練事業を行う訓練科目ごとの施設または設備の設置・整備・更新にかかった費用の4分の3が支給されます。
初めて助成金対象となる訓練科目ごとの施設または設備の設置・整備であれば5000万円が上限であり、訓練科目ごとの施設または設備の更新であれば1000万円が上限です。
複数回支給を受けるときも、事業主ごとの累積上限となる額で判断されます。
詳しくは厚生労働省の公式ホームページ「人材開発支援助成金(障害者職業能力開発コース)」を参考にしてください。
人材開発支援助成金の申請の流れ
人材開発支援助成金の申請は、コースによってフローが異なるものの、基本的には以下の5つの流れで手続を進めます。
- 訓練計画の作成
- 訓練計画の提出
- 訓練の実施
- 支給申請の提出
- 助成金の受給
それぞれのフローの内容を説明します。
1.訓練計画の作成
人材開発支援助成金を申請するにあたり、まずは社内で「職業能力開発推進者」を選んだ後、「事業内職業能力開発計画」を作成します。
職業能力開発推進者とは、社内で職業能力開発の取り組みを推進するための中心人物です。
事業内職業能力開発計画は、人材育成の基本的方針などを記載する計画であり、作成や実施は従業員から適切に相談を受けたり指導したりできる人事担当部課長や教育訓練部門部課長などを選びましょう。
また、作成の際には以下の基本項目を参考に作成することをおすすめします。
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また、労働組合または労働者の代表の意見などをヒアリングした後に作成することが必要です。
従業員の職業能力開発は、経営者・管理者・従業員が共通の認識で、同じ目標へ向かい進めていくことで、自発的な学習や訓練への意欲を高めることができます。
計画を作成した後は従業員に周知し、職務に必要な能力や育成方針を共有しましょう。
2.訓練計画の提出
「事業内職業能力開発計画」を作成したら、訓練開始日の1か月前までに「訓練実施計画届(訓練様式第1号)」に必要書類を添えて労働局へ提出します。
なお、申請手続は雇用保険適用事業所単位となるため注意してください。
訓練実施計画書以外に、以下の書類を用意することが必要です。
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3.訓練の実施
労働局に提出した訓練実施計画の内容に沿って、実際に訓練を行います。
もしも計画を変更するときは、事前に「訓練実施計画変更届(訓練様式第2号)」の提出が必要となります。
書類を提出していなかった場合、未提出の部分の訓練は支給対象に含まれないため注意しましょう。
4.支給申請の提出
訓練の実施・終了を経て、終了日翌日から2か月以内に「支給申請書(訓練様式第5号)」に必要書類を添えて労働局へ提出します。
添付が必要な書類は、助成の内訳や訓練の実施状況報告書、期間中の賃金台帳・出勤簿などです。
実施した訓練などで提出が必要となる書類は異なるため、事前に確認しておきましょう。
5.助成金の受給
提出した書類などの内容を労働局が確認・審査し、助成金の支給対象か、もしくは不支給か決定されます。
審査で確認される項目が多く、他の助成金よりも支給決定まで時間がかかることはめずらしくありません。
申請においては事前の準備が重要であり、計画届の提出・受理後に訓練を実施し、訓練後に申請する流れです。
計画届の提出と助成金の申請、それぞれの締め切りを確認しておき、必ず期限内に手続を行うようにしてください。
人材開発支援助成金を申請するメリット
人材開発支援助成金は、申請して支給を受けることにより、従業員のスキルを高めることのできる制度といえます。
そのため人材開発支援助成金を申請するメリットは、主に次の2つです。
- 生産性が向上する
- 人材育成の費用負担が軽減される
それぞれのメリットを説明します。
生産性が向上する
人材開発支援助成金を申請し、支給を受けることで生産性が向上します。
予算の都合上、実施したくてもできなかった人材への教育を行うことができれば、従業員のスキルがアップし生産性向上につながります。
DX化を推進する人材育成のコースも充実しているため、社内のデジタル化を推進する上でも役立ちます。
人材育成の費用負担が軽減される
人材開発支援助成金を申請し、支給を受けることで人材育成にかかる費用の負担が軽減されます。
通常、人材育成のための研修や訓練を実施する場合、会場確保や講師の手配、人員の割り当てなどで費用が発生します。
人手が足りておらず、有給の研修を実施することへの迷いがある企業も少なくないといえますが、人材開発支援助成金を活用することにより人材育成の金銭的コストを軽減できるため制度導入や訓練実施を実行しやすくなります。
人材開発支援助成金を申請するデメリット
人材開発支援助成金は、幅広い企業が支援の対象になることがメリットである一方、申請において次の3つのデメリットには注意が必要です。
- 後払いで支給される
- 要件を満たなければならない
- 期限内に手続しなければならない
それぞれのデメリットを説明します。
後払いで支給される
人材開発支援助成金を申請し、支援対象と判断された場合でも、後払いによる支給となることはデメリットです。
助成金は、計画を立てて書面化後に提出し、実際に計画に沿った訓練を行った後に支給申請を行います。
申請から手元に助成金が支給されるまで、複数の段階を経ることが必要であり、施策開始から受給まで時間がかかります。
実際に計画を実施した後の後払いの支給であるため、受給までは費用の立て替えが前提となることは理解しておきましょう。
要件を満たなければならない
人材開発支援助成金を申請したい場合でも、要件を満たしていなければ申請できず、支給対象にもならないことはデメリットです。
コースごとに支給対象となる要件が細かく決められており、たとえば人材育成支援コースのOJTは、厚生労働大臣の認定が必要とされています。
そのため事業所の規模により、すべてのコースで申請できるとは限らず、要件を満たすことが難しいケースも考えられます。
事業に直接関連する知識や技術などに対する訓練は、助成対象にならないことも多いため注意してください。
なお、支給条件を満たさない場合は、キャリアアップ助成金などその他の助成金を活用することを検討してもよいでしょう。
雇用関連の助成金とは?種類や申請の条件・手続の流れをわかりやすく解説
期限厳守で手続しなければならない
人材開発支援助成金は、手続の流れにおいて期限厳守で手続が必要であることがデメリットです。
すべての手続において書類提出などにおける期限が決められており、期限を過ぎると受給できません。
たとえば訓練の実施・終了後は、終了日翌日から2か月以内に労働局へ支給申請書を提出しますが、期限厳守とされています。
人材開発支援助成金の申請において、フローごとに設定された期限を過ぎてしまうと、本来であれば受け取ることのできた助成金の支給対象から外されます。
必要書類は煩雑な場合も少なくないため、期限までに余裕を持って準備することが大切です。
まとめ
人材開発支援助成金とは、従業員に職務関連の専門的知識や技能を習得させるため、職業訓練等を計画的に実施したときの経費や賃金の一部を助成する制度です。
従業員のスキルアップに活用できる制度であり、人材育成に費用をかけにくい事業主でも安心して人材開発や人材育成に取り組むことができます。
人材開発支援助成金は多くの企業が支給の対象になる可能性が高い反面、企業の規模によっては要件を満たすことができず、申請できないこともあるため前もって確認しておくと安心です。
職務に関連する教育全般や、DX化やデジタル化を推進する上でのスキルアップに活用できる制度であるため、人材開発支援助成金に対する理解を深め上手に活用することをおすすめします。