農業法人とは、農業を営む法人が任意で使用する法人形態です。
農業・施設園芸・畜産などを営む法人の総称であり、個人農家と異なり税制面や事業承継などの面でメリットがあります。
農業経営を行うときの経営形態といえますが、農業法人は会社法人と農事組合法人に分けることができます。
会社設立における条件など異なるため、農業を営む上での法人経営では方法やメリット・デメリットを理解しておくことが必要です。
そこで、農業法人について、会社設立の方法や法人化のメリット・デメリットを解説していきます。
目次
農業法人とは
「農業法人」とは、稲作などの土地利用型農業や、施設園芸・畜産などの農業を営む法人の総称です。
学校法人や医療法人など法律により定められた法人形態ではなく、農業を営む法人が任意で使用します。
農業法人は、以下の2つに分けることができます。
- 会社法人
- 農事組合法人
それぞれ説明します。
会社法人
農業法人のうち「会社法人」とは、農業を営む株式会社や合同会社などです。
特に農業を営むからといって、通常の株式会社や合同会社と異なる法ではなく、同じ要件で会社を設立できます。
特例有限会社を含む株式会社が、農業法人の8割以上を占めています。
農事組合法人
農業法人のうち「農事組合法人」は、農業生産の協業を図ることで、組合員との共同利益を増やすことを目的とした法人です。
農業組合法人について、以下の3つを説明します。
- 組合員
- 種類
- 要件
組合員
農業組合法人は、農業生産の協業を図る法人です。
そのため組合員は、原則、農民の方となります。
また、農業組合法人は以下の事業のみ可能です。
- 農業に係る共同利用施設の設置(施設利用による組合員生産の物資運搬・加工・貯蔵など含む)または農作業の共同化に関する事業
- 農業の経営(農業に関連する事業で農畜産物を原料または材料とする製造・加工・その他農林水産省令で定めるもの)
- 上記2つに付帯する事業
種類
農事組合法人は、以下の2つの法人に分類されます。
1号法人(農地所有適格法人になれない) | 農業に係る共同利用施設の設置、または農作業の共同化に関する事業 |
2号法人(農地所有適格法人になれる) | 農業の経営(農産物の販売・加工など) |
要件
農事組合法人の設立においては、以下の要件を満たすことが必要です。
- 名称に「農事組合法人」を用いる
- 3名以上の農民が発起人である
- 理事をおく
株式会社や合同会社から農事組合法人へ組織変更することはできません。
農事組合法人の設立後、株式会社や一般社団法人へ変更することはできます。
組織変更を検討している場合、希望する法人形態へ変更できるか確認しておくことが必要です。
農地所有適格法人とは
「農地所有適格法人」とは、農地法第2条第3項の要件に適合しており、農業経営するための農地を取得できる農業法人です。
農地などの権利を取得しており、農業ができる法人といえます。
農地を所有せずに、借りた土地で農業を行うときには農地所有適格法人になる必要はありません。
しかし法人が農地などの権利を取得するためには、農業委員会の許可が必要であり、そのために農地所有適格法人の以下要件を満たすことが必要です。
基本要件 | 農地すべてを効率的に利用する 周辺の農地利用に支障がない |
法人形態の要件 | 株式会社(公開会社ではない株式会社) 持分会社(合同会社・合名会社・合資会社) 農事組合法人(2号法人) |
事業の要件 | 主たる事業が農業である(生産した農産物の加工・販売等の関連事業含む) |
議決権の要件 | 農業関係者が総議決権の過半を占める |
役員の要件 | 役員の過半が農業に常時従事(原則年間150日以上)する構成員である 役員または重要な使用人が1人以上農作業に従事(原則年間60日以上)する |
農地所有適格法人になるには、農業法人を設立した後に農業委員会へ申請し、許可を得ることが必要です。
申請書は自治体により異なるため、市町村ごとの農業委員会に問い合わせるなど、確認してみましょう。
農業法人と個人農家経営の違い
農業法人と個人農家経営の大きな違いは事業形態です。
まず農業法人は会社、個人農家経営は個人事業主で農業を営みます。
農業法人は会社を設立し、個人事業主は税務署に「開業届」を提出し、開業します。
なお、農業法人で農業経営する場合は、定款の作成や役員の選任、出資金の払い込みなど会社設立における手続が必要です。
書類等の準備だけでなく、資本金なども用意しなければなりません。
法人と個人事業主のどちらで農業経営するかによって、経費として計上できる幅や税金、責任の範囲など変わってくることも留意が必要です。
農業法人の設立方法
農業法人の8割以上が株式会社(特例有限会社含む)といえますが、農株式会社や合名会社の法人形態を選ぶ場合、会社設立の手続は一般的な流れと同じです。
株式会社による農業法人を選択する場合の会社設立の方法は、以下の6つの流れで手続を進めます。
- 基本的事項の決定
- 定款の作成・認証
- 出資金の払い込み
- 役員の選任
- 会社設立の登記申請
- 諸官庁へ届出
それぞれ説明します。
1.基本的事項の決定
株式会社を設立するときには、基本的事項(社名・所在地・設立日・組織形態・資本金・事業目的・株主・役員構成・資産の引継など)の決定が必要です。
同一本店所在地に、同一の商号を使った会社はないか調査もしておきましょう。
会社の概要は会社法に基づいて、ルールを設定したり記載したりといった一定の決まりを守ることが必要です。
また、定款作成や資本金の払い込みなどに影響する部分でもあるため、慎重に検討しましょう。
2.定款の作成・認証
株式会社の基本的事項を決議し、決定した事項については、発起人会議事録に記載して発起人全員が捺印します。
その後、会社運営におけるルールをまとめた定款を作成し、公証人に認証してもらう手続が必要ですが、認証手数料が数万円かかるため準備しておきましょう。
なお、農地を所有できる農地所有適格法人の要件を満たすためには、株式の譲渡制限の定めも必要です。
3.出資金の払い込み
定款認証後に、資本金(出資金)の払い込みが必要です。
出資金は事業の元手であるお金でといえますが、法人登記が完了していない状態での払い込みとなるため、会社名義の銀行口座は開設できません。
そのため出資金の払い込み先は、発起人の個人口座となります。
会社設立時の資金調達方法10選|各種類のメリット・デメリットを解説
4.役員の選任
発起人は、出資の履行完了後遅滞なく、設立時取締役など設立時役員等を選任
株式会社の設立においては、業務執行を行う役員(取締役)を最低1人は選任することが必要です。
発起人が役員を選任しますが、発起人自身を自らで選任することもできます。
農地所有適格法人では、役員の過半が農業に常時従事(原則年間150日以上)する構成員であるなど、一定の要件を満たすことが必要です。
5.会社設立の登記申請
会社設立の際には、法務局で登記申請の手続が必要です。
申請書類を揃えて手続しますが、株式会社では約15万円程度、登録免許税が必要となります。
登記の専門家である司法書士に手続を依頼することが多いといえますが、この場合、別途報酬が発生するため、相見積もり等取得してどの専門家に依頼するか検討するとよいでしょう。
法務局へ申請後、提出書類などに不備がなければ、1週間から10日程度で完了します。
6.諸官庁へ届出
登記が完了したら、登記簿謄本と代表取締役の印鑑証明など取得し、各官庁へ届出をしましょう。
税務署・都道府県税事務所・税務・国民年金・労働基準監督署・社会保険事務所など、手続が必要となる官庁各所は多岐に渡ります。
農地所有適格法人の場合、法人所在地の市町村の農業委員会へ申請書を提出し許可を取得することが必要であるため、忘れず手続してください。
農業経営を法人化する経営上のメリット
個人で農業を営んでいる方が、農業経営を法人化した場合、次の4つの「経営上」のメリットがあります。
- 経営管理能力が向上する
- 信用力が向上する
- 人材確保・育成しやくなる
- 事業承継しやすくなる
それぞれ簡単に説明します。
経営管理能力が向上する
農業経営を法人化することで、経営責任に対する自覚が芽生え、経営管理能力が向上します。
経営者として、意識が改革・促進されれば、家計と経営が分離されて徹底した管理体制につなげることができます。
信用力が向上する
農業経営を法人化することで、対外的な信用力が向上します。
法人化においては、計数管理の明確化や、登記申請や経営報告などの法定義務を伴います。
そのため金融機関や取引先へ信用力の高さを示すことができ、よい印象を持ってもらえることで、新規契約がスムーズになる可能性もあります。
人材確保・育成しやくなる
農業経営を法人化することで、人材を確保・育成しやすくなります。
信用力が上がることで、銀行や取引先だけでなく、一般の人にもよいイメージを持ってもらえます。
また、個人農家の経営よりも労働環境が整備されれば、就職により経営能力や農業技術を習得できると新規就農希望者が増え、人材確保につながりやすくなるでしょう。
事業承継において後継者候補がいないケースにおいても、将来的な後継者候補として育てることもできます。
事業承継しやすくなる
農業経営を法人化することで、事業承継しやすくなります。
先に述べたとおり、農業法人を引き継いでほしいと経営者が希望しても、後継者候補がいなければいずれ廃業せざるを得ない状況となります。
しかし法人化することで、役員や社員から有能な人材を選び、後継者として確保することもできるでしょう。
法人として経営し、取引を行うことによって、事業継承後も対外的な信用力を継続させることができます。
農業経営を法人化する制度上のメリット
個人で農業を営んでいる方が、農業経営を法人化した場合、以下の「制度上」のメリットがあります。
税制面において優遇される | ・所得の分配による事業主への課税軽減 ・定率課税の法人税適用 ・役員報酬の給与所得化による節税 |
福利厚生を充実させることができる | ・社会保険・労働保険の適用による農業従事者の福利増進 ・労働時間等の就業規則の整備・給与制導入による就業条件の明確化 |
信用力が向上する | ・融資限度額の拡大 ・認定農業者の農業経営基盤強化資金の活用 |
農地取得の負担軽減につながる | ・農地中間管理機構の農用地の現物出資で農地取得負担を軽減 |
上記のメリットにより、経営基盤が確立されるため、さらに次のメリットにもつながるでしょう。
- 経営規模の拡大
- 経営の多角化
- 地域社会の活性化(新規就農や地域雇用の受け皿)
ただし農業経営の法人化により、管理コストが増えることや、農地の相続における相続税の納税猶予制度や生前一括贈与の特例などが適用されなくなることもあります。
経営内容や状況、将来的な事業承継などを検討しつつ、法人化に着手することが必要です。
農業経営の法人化によるデメリット
個人で農業を営む方の法人化には、経営上と制度上どちらにもメリットがあります。
ただし次の4つのデメリットには留意しておきましょう。
- 税負担が大きくなる
- 社会保険へ加入する必要がある
- 管理コストがかかる
- 解散・廃業の際に手間がかかる
それぞれ説明します。
税負担が大きくなる
農業経営の法人化により、税負担が大きくなることがあります。
個人で所得がなければ所得税は課税されないのに対し、法人経営では最低限の地方税は負担しなければなりません。
また、企業会計規則で会計が複雑化し、手間も増えます。
社会保険へ加入する必要がある
農業経営の法人化で人を雇用する場合には、社会保険など加入することが必要となるため、経費負担が増えます。
社会保険は労使折半となるため、保険料の半分は事業者負担となると理解しておきましょう。
管理コストがかかる
農業経営の法人化により、会社経営における会議や打ち合わせなど、これまでかからなかった管理や経費が発生することはデメリットです。
販管費や広告費などのコストは毎月発生すると認識しておきましょう。
解散・廃業の際に手間がかかる
農業経営を法人化した後で、解散・廃止する場合には、法人の財産をすべて精算するなど手間がかかります。
解散・廃止は手続において専門家を頼ることが必要となるため、その費用も発生し、精算完了まで最低2か月など一定の期間も必要です。
まとめ
農業法人は、会社法人と農事組合法人があり、多くは株式会社による農業経営です。
個人農家から法人化することで、税制面で優遇されるメリットもあれば、反対に税負担が増える恐れもあるため、法人化するべきか将来的なコストや税金の負担も踏まえた検討が望ましいといえます。
農業法人として農業を営むことで、社会的な信用力は向上するため、人材確保などにはつながりやすくなります。
なお、会社設立においては書類の準備や費用も必要となるため、個人農家か農業法人のどちらか迷っているときには、コンサルタントなどに相談することも検討してみましょう。