法人成りとは、個人事業主が法人化することです。
事業拡大などのタイミングで会社を設立し、法人として経営することが法人成りといえます。
個人事業主ではなく、法人成りには節税などさまざまなメリットがありますが、留意しておくべきデメリットもあるため注意が必要です。
そこで、法人成りについて、個人事業主の法人化によるメリット・デメリットを解説していきます。
目次
法人成りとは
「法人成り」とは、個人事業主が株式会社や合同会社など法人を設立することです。
それまで個人が事業主として営んでいた事業は会社に引き継がれるため、「法人化」や「法人成り」と呼ばれています。
個人で事業を運営するよりも、社会的な信頼性などが上がることや、節税や資金調達などの面においてメリットがあります。
そのためまずは個人で事業者として事業を運営し、売上や諸事情に合わせたタイミングで法人成りを検討するケースも少なくありません。
法人成りと個人事業主の違い
法人成りと個人事業主の違いとして、事業を開始する上でかかるコストが挙げられます。
個人事業主の場合、税務署に開業届を提出すれば事業をスタートできます。
事務手続や初期費用など負担が軽いことが特徴といえるでしょう。
対する法人成りは、会社設立などに費用が発生することや、登記申請から完了まで1~2週間かかるなど、すぐに事業をスタートできません。
ただし初期費用をかけて事業を開始している分、事業に対する本気度などが高いと判断されるなど、社会的信用を得やすい面もあります。
新規取引先との契約や資金調達、人材雇用などにおいても、個人事業主よりも法人成りのほうが有利であるといえるでしょう。
法人成りのメリット
個人事業主の法人成りには、次の9つのメリットがあるといえます。
- 信用力が上がる
- 節税対策につながる
- 役員報酬や役員退職金を損金計上できる
- 消費税が最大2年免除される
- 欠損を10年繰り越せる
- 生命保険料を経費計上できる
- 有限責任になる
- 事業承継できる
- 任意で決算月を設定できる
それぞれどのようなメリットがあるのか説明します。
1.信用力が上がる
個人事業主の法人成りには、社会的な信用力が上がるといったメリットがあります。
会社設立においては、資本金を準備したり法務局で登記をしたり、手間や費用がかかります。
また、登記した情報は誰でも閲覧可能となるため、法人としての責任が発生するといえるでしょう。
信用力が上がるため、販路を拡大させることができたり人材確保しやすくなったりなど、事業運営においていろいろなメリットを得ることができます。
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2.節税対策につながる
個人事業主の法人成りには、課税される税金の仕組みの違いから、節税対策につながるといったメリットがあります。
個人事業主は所得税、法人は法人税がそれぞれ課税所得に対して課税されますが、所得税は累進課税であるため所得が増えれば税率も段階的に上がり、最大45%の税率が適用されます。
法人税は、資本金1億円以下の所得800万円超の法人なら税率は23.2%、所得が800万円以下のときは15%と所得税より低い割合です。
所得が大きい場合は、個人事業主として事業運営するよりも、会社設立による法人経営のほうが節税効果を期待できます。
詳しくは国税庁の「法人税の税率」を参考にするとよいでしょう。
3.役員報酬や役員退職金を損金計上できる
個人事業主の法人成りには、役員報酬や役員退職金を損金として計上できるといったメリットがあります。
まず個人で事業者として事業を営んでいても、別途事業者の報酬など経費として計上できません。
しかし法人成りにより、支払った役員報酬を経費として計上できます。
また、給与所得控除が最低65万円・最高220万円適用されるため、経費計上できる金額が増えます。
さらに個人事業主は事業者の退職金など経費計上できないのに対し、法人成りは適正額なら損金計上できます。
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4.消費税が最大2年免除される
個人事業主の法人成りには、消費税が最大で2年免除されるといったメリットがあります。
ただし免除のためには、以下の条件を満たすことが必要です。
- 資本金が1,000万円未満である
- 設立1年目の前半6か月で売上1,000万円を超えていない
5.欠損を10年繰り越せる
個人事業主の法人成りには、赤字決算により発生した欠損金を10年繰り越せるといったメリットがあります。
翌年以降に繰り越した欠損分は、翌年以降の事業所得と相殺できますが、個人事業主で繰り越せるのは翌年以降3年間です。
しかし法人成り後は、9年間、事業年度によって10年間の繰り越しが可能となります。
6.生命保険料を経費計上できる
個人事業主の法人成りには、法人契約した生命保険で支払った保険料を、経費として計上できるといったメリットがあります。
法人契約ではなく個人で契約し支払った生命保険料は、経費として計上できず、確定申告の際に生命保険料控除が適用されます。
7.有限責任になる
個人事業主の法人成りには、出資金の範囲で有限責任になるといったメリットがあります。
まず個人事業主は、事業上の責任はすべて事業者が負担する無限責任です。
しかし法人経営では、経営者が個人保証して融資を受けたケースなど以外は、出資金の範囲内で責任を負わなければならない有限責任となり、代表者がすべての責任を負う必要はありません。
8.事業承継できる
個人事業主の法人成りには、仮に代表者が仕事を続けることができなくなっても、新たな経営者に交代するだけで事業承継しやすいといったメリットがあります。
まず個人事業主では、事業者が高齢や病気などで仕事できなくなった場合、廃業しなければならない恐れがあります。
仮に子など親族が店を引き継ぐ際にも新たに開業届を出さなければならず、認可なども事業者が対象であるため同様に新たに取得することが必要です。
しかし法人成りでは承継の対象が会社となるため、社長交代すれば事業を継続できます。
9.任意で決算月を設定できる
個人事業主の法人成りには、任意で決算月の設定が可能といったメリットがあります。
まず個人事業主であれば、毎年1月1日から12月31日までが1事業年度とし、翌年の3月15日までに確定申告が必要です。
しかし法人成りでは法人の決算月を自由に設定できるため、たとえば繁忙期を避けて1事業年度を決めることもできます。
法人成りのデメリット
個人事業主の法人成りについては、様々なメリットがある反面、以下の6つのデメリットに留意しておく必要があります。
- 会社設立費用がかかる
- 社会保険に加入しなければならない
- 赤字でも納税義務がある
- 役員報酬は毎月同じ額になる
- 事務手続が増える
- 損金にできない交際費が発生する
どのようなデメリットがあるのか、それぞれ説明します。
1.会社設立費用がかかる
個人事業主の法人成りは、会社設立における費用がかかるといったデメリットがあります。
会社設立にかかる費用は、選択する法人格によって異なるものの、たとえば株式会社の設立では約20~25万円程度の資金準備が必要です。
比較的費用を抑えて会社を設立できる合同会社でも、約6~10万円かかります。
司法書士などに登記手続きを依頼すれば、専門家に対する報酬も必要になります。
資本金は1円から設定できるものの、ペーパーカンパニーと疑われることなく、一般的な社会的信用を得るには資本金と運転資金3か月分を足した資金の準備が望ましいといえます。
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2.社会保険に加入しなければならない
個人事業主の法人成りは、健康保険と厚生年金保険など社会保険への加入が義務付けられるといったデメリットがあります。
社会保険に加入する場合は労使折半となるため、会社は支払う保険料の半分を負担することが必要であるため、人を多く雇用すれば経費負担も大きくなるといえるでしょう。
社長のみの会社でも、個人事業主で支払っていた国民健康保険と国民年金の合算よりも高額の保険料を支払うことになります。
3.赤字でも納税義務がある
個人事業主の法人成りは、赤字になった場合でも納税義務があることがデメリットです。
まず個人事業主が赤字の場合、所得税と住民税の負担はありません。
しかし法人経営では、赤字でも法人住民税の均等割を納めることが必要です。
法人住民税は法人税割と均等割を合わせた額を納付しますが、法人税割は赤字であれば納付額はゼロとなるのに対し、均等割は資本金や従業員数で納税額が決められるため赤字でも納付しなければなりません。
4.役員報酬は毎月同じ額になる
個人事業主の法人成りは、経営者の受け取る役員報酬が毎月同じ額になるといったデメリットがあります。
まず個人事業主では、稼いだお金を自由に使うことができます。
しかし法人成りでは、会社と経営者のお金が明確に分かれるため、自由に使えるのは役員報酬として受け取ったお金のみです。
役員報酬は定期同額給与となり、原則、1年間は同じ額を支払い続けます。
5.事務手続が増える
個人事業主の法人成りは、作成・提出の必要がある書類が増えるなど、事務手続が煩雑化することがデメリットです。
まず個人事業主では、青色申告する場合でもそれほど複雑な会計処理や事務手続は発生しません。
しかし法人成り後は、日々の会計処理や確定申告、保険手続などの事務作業などが本業とは別で発生します。
6.損金にできない交際費が発生する
個人事業主の法人成りは、損金として計上できない交際費が発生することがデメリットです。
まず個人事業主では、事業に関連する交際費はすべて経費計上できます。
しかし法人成り後は、飲食費は50%を経費として扱うことはできるものの、資本金1億円以下の会社は年間800万円までが上限など制限されます。
交際費が多く発生する個人事業主の場合、法人成りによって経費として計上できる費用が減少してしまう恐れがあると留意しておきましょう。
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法人成りの判断基準
個人事業主の法人成りのタイミングは、売上や利益、事業内容など色々な要因を総合して検討することが必要です。
判断基準に迷ったときには、以下の4つを確認の上、検討するとよいでしょう。
- 2年前の売上
- 前年の前半6か月の売上
- 所得の額
- 事業拡大等の予定
それぞれ何を基準に判断すればよいか説明します。
2年前の売上
個人事業主の法人成りのタイミングを判断するとき、2年前の課税売上高を判断基準とする方法があります。
2年前の課税売上高が1,000万円を超えると、消費税を納めなければならない課税事業者となるため、たとえ個人事業主でも税負担が発生します。
しかし法人成りで新設する法人は、個人事業主だったときと別人格で扱われるため、個人事業主の売上高は関係ありません。
新設法人も最大2年間は消費税の納税義務が免除されます。
前年の前半6か月の売上
個人事業主の法人成りのタイミングを判断するとき、前年の前半6か月の売上を基準とする方法があります。
2年前の売上が1,000万円を超えていなくても、前年の前半6か月(個人事業主は1月1日から6月30日まで)の売上が1,000万円を超えており、役員報酬含む人件費が1,000万円を超えていればその年から消費税の課税事業者となります。
そのため前半6か月の売上も踏まえた上で、法人化を検討するとよいでしょう。
所得の額
個人事業主の法人成りのタイミングを判断するとき、所得の額を基準とする方法があります。
個人事業主の所得税は累進税率が適用されるため、所得が増えれば税率も上がるのに対し、法人税は以下のとおり固定されています。
所得800万円以下の税率 | 15% |
所得800万円超の税率 | 23.20% |
法人税は個人の所得税よりもかなり優遇されているため、所得が800万円を超えたタイミングで法人成りしたほうが、少ない税負担で経営できると考えられます。
事業拡大等の予定
個人事業主の法人成りのタイミングを判断するとき、事業拡大などの予定の有無も基準とするとよいでしょう。
事業拡大したいものの、個人事業主のままでは人材雇用や新規取引などで不利です。
また、銀行融資や補助金利用なども法人のほうが受けやすいため、資金調達においても法人成りのほうが有利と考えられます。
株式会社を設立した場合には、新株発行による増資による資金調達も可能です。
法人化により社会的信用度を高めることで、想定していたよりも事業を大きく拡げられる可能性が拡がります。
法人成りの手続の流れ
個人事業主の法人成りは、まず株式会社や合同会社などどの法人格を選ぶか決めることが必要です。
選択する法人格によって、会社設立における手続の流れは異なります。
たとえば株式会社の場合、定款認証に約3万円、登録免許税で約15万円など設立費用も必要です。
合同会社であれば、定款認証は不要となるものの、登録免許税で約6万円は準備しておかなければなりません。
一般的な会社設立における流れは以下の8つです。
- 会社概要の決定
- 法人実印の作成
- 定款作成・認証
- 資本金の払い込み
- 会社設立登記
- 資産・負債の移行
- 個人事業の廃業
- 許認可等の名義変更
それぞれの手続について説明します。
手順1.会社概要の決定
個人事業主の法人成りにおいては、まず会社の基本事項など会社概要を決定することが必要です。
会社を設立するときには、以下の基本事項の項目を決めておくことが必要となります。
- 会社名
- 所在地
- 資本金(出資金)
- 設立日
- 会計年度
- 事業目的
- 株主の構成
- 役員の構成
手順2.法人実印の作成
個人事業主の法人成りにおいて、会社の基本項目を決めると同時に法人実印の作成を進めておきましょう。
法人実印は、法務局に登記申請するときに必要です。
通常は、法人実印・認印・銀行印の3種類の印鑑を作成します。
法人実印作成後は、登記申請と同時に印鑑届も行います。
手順3.定款作成・認証
個人事業主の法人成りにおいて、定款の作成と公証人役場での認証が必要となります。
定款は、会社を運営するルールをまとめたものであり、たとえば株式会社では作成した定款を公証役場へ提出して認証してもらいます。
合同会社の設立においては、定款認証は必要ありません。
手順4.資本金の払い込み
個人事業主の法人成りにおいて、定款認証後に資本金を払い込みます。
資本金は下限がなく、1円からでも会社設立はできます。
しかし登記簿は誰でも閲覧できるため、1円など最低限の資本金を設定した会社は何か問題があると判断されかねません。
社会的に認められる金額として、運転資金3か月分程度は用意しておきましょう。
なお、この時点では登記申請が完了していないため、法人名義の銀行口座は開設できず、振込先は発起人の個人口座となります。
手順5.会社設立登記
個人事業主の法人成りにおいて、法務局で会社設立登記を申請しましょう。
申請書類の準備が整ったら、登記申請の手続を代表者が行います。
司法書士など登記の専門家に依頼した場合は、手続を代行してもらえるものの、別途報酬が発生することは留意しておきましょう。
申請手続後、不備がなければ1週間~10日程度で設立登記が完了し、実印登録もされるため会社名義に銀行口座も開設できます。
手順6.資産・負債の移行
個人事業主の法人成りにおいて、個人事業主の資産・負債を法人へ移行しましょう。
新設した法人に事業関連の資産や負債を引き継ぐ場合、以下の3つの方法があります。
- 売買契約
- 現物出資
- 賃貸契約
手続きや税法上の取り扱いなどが異なることや、法人への債務移行は法人が個人事業主と共に債務引受する重畳的債務引受と、法人単独の引き受けとなる免責的債務引受から選びます。
手続など不明な点が多い場合には、専門家に相談した上で進めた方が安心です。
手順7.個人事業の廃業
個人事業主の法人成りにおいて、会社設立後に個人事業は廃業することが必要です。
個人事業は、税務署に「廃業届(個人事業の開業・廃業等届出書)」を提出し、廃業手続を行います。
青色申告では「所得税の青色申告の取りやめ届出書」、従業員を雇用していれば「給与支払事務所等の開設・移転・廃止の届出書」も提出することが必要です。
なお、個人事業廃業年の確定申告は必要となるため、忘れないようにしましょう。
さらに法人成り1年目は個人事業主としての所得だけでなく、法人化した後の役員報酬(給与所得)の申告も必要です。
手順8.許認可等の名義変更
個人事業主の法人成りにおいては、許認可の名義変更も忘れず行いましょう。
許認可を必要とする事業の場合、個人事業主で受けていた許認可を引き続き使うことはできないため、法人で新規許認可を取得することが必要です。
法人成りの注意点
個人事業主から法人成りする場合、所有する資産や個人事業の廃業後の納税など、以下の3つに注意することが必要です。
- 資産の移行方法
- 廃業後の所得税申告
- 廃業後の事業税申告
それぞれ説明します。
資産の移行方法
個人事業主の法人成りで注意しておきたいのは、個人事業主の資産を移行する方法です。
先に説明したとおり、資産の移行には以下の3つの方法があります。
売買契約 | 個人事業主と法人で事業売買する方法 |
現物出資 | 個人事業主が財産を会社に出資する方法 |
賃貸契約 | 個人事業主の資産を法人に貸す方法 |
売買契約は売買契約書を交わせば手続できるものの、税金が発生します。
現物出資は法人の資本金が増えるものの、500万円超の場合は公認会計士などの調査が必要です。
賃貸契約は個人事業主が確定申告をしなければなりません。
税金の扱いや手続に違いがあることを踏まえ、どの方法を選ぶか検討してください。
廃業後の所得税申告
個人事業主の法人成りで注意しておきたいのは、個人事業主を廃業した後の所得税申告を忘れないことです。
法人成りで会社を設立したことにばかり気を取られていると、個人事業を廃業した年度の確定申告を忘れてしまいがちです。
法人への資産を移行したことで譲渡所得などが発生すれば、その分も踏まえた申告が必要となります。
廃業後の事業税申告
個人事業主の法人成りで注意しておきたいのは、個人事業主を廃業した後の事業税申告です。
廃業した後は、確定申告だけでなく廃業1か月以内に事業税の申告も必要となります。
事業税は確定申告が終わった後、8月頃に通知が届きます。
なお、廃業年度の所得税の確定申告では、事業税の見込額を経費計上することが可能です。
単独で処理できないときは専門家などに相談してみるとよいでしょう。
まとめ
個人事業主からの法人成りにおいては、社会的な信用が上がることで新規取引・雇用・資金調達などにおけるメリットがあります。
制約が多少増えることや手続や費用が増えるといったデメリットはあるものの、受ける恩恵は大きいため、メリットが大きいタイミングで検討するとよいでしょう。
手続や費用などで不安があるときなど、専門家の力を上手に借りることで節税につながることもあるため、コンサルタントなどもうまく活用することをおすすめします。