賃上げ税制とは?わかりやすく要件やメリット・デメリットを解説

賃上げ税制は正式名称を賃上げ促進税制といい、従業員の給与を引き上げることに対する支援制度です。

所得拡大税制に代わる税制として、従来までの制度を見直し、2022年度税制改正で賃上げ促進税制となりました。

具体的には、中小企業の場合、従業員の給与増加額の税額控除最大25%から最大40%へと引き上げられています。

そこで、賃上げ税制について、わかりやすく要件やメリット・デメリットを解説していきます。

賃上げ税制とは

「賃上げ税制」は正式名称を「賃上げ促進税制」といい、従業員の給与支給額を引き上げた事業者に一定の税額控除を行う制度です。

前年度よりも従業員の給与を増やすことで、増額した金額の一部が、税額控除の対象となります。

積極的に従業員の給与を引き上げようとする企業や個人事業主をサポートする制度といえますが、もともとは2013年度の税制改正で導入された所得拡大促進税制が始まりです。

円高とデフレによる不況で低水準に留まっていた給与を引き上げることができるように、給与等支給額を増やしてもらう政策として創設されました。

給与が増えれば消費も増加し、現状を打破できると考えたのでしょう。

しかし実際には税制の要件が厳しく使えないという声が多く挙がったため、翌年度以降の税制改正で要件を緩和していき、2022年度税制改正で上乗せ控除の要件と税額控除率が緩和された「賃上げ促進税制」ができました。

所得拡大促進税制と賃上げ促進税制の上乗せ要件と税額控除の割合を比べると、以下のとおりです。

制度 要件 税額控除の割合
所得拡大促進税制 賃上げの要件を満たし、教育訓練費の要件と経営力向上の要件を満たしている 上乗せで10%控除
賃上げ促進税制 賃上げ要件を満たしている 上乗せで15%控除
教育訓練費の要件を満たしている 上乗せで10%控除

賃上げ促進税制では、賃上げまたは教育訓練費のいずれかの要件を満たせば、上乗せで税額控除が適用されます。

経営力向上の要件がなくなったことや、どちらも満たせば最大で40%の税額控除が適用されることなど、要件や控除の割合など従来よりも使いやすい制度になったといえます。

賃上げ促進税制について、次の4つについてわかりやすく説明していきます。

  1. 所得拡大促進税制との違い
  2. 教育訓練費の明細書の扱い
  3. 対象の中小事業者等
  4. 税額控除の要件

所得拡大促進税制との違い

賃上げ促進税制に関連する制度に「所得拡大促進税制」があります。

どちらも従業員の給与を前年度より一定以上引き上げた場合、一定の税額控除が適用されますが、違いとしては以下のことが挙げられます。

制度 適用時期 基本要件 上乗せ要件
所得拡大促進税制 2022年3月31日までに開始される事業年度(個人事業主は2021年まで) 雇用者全体の給与支給額が前年比1.5%以上増額で15%税額控除 雇用者全体の給与支給額が前年比2.5%以上増額と教育訓練費が前年比10%以上増加で10%税額控除(最大25%税額控除・控除上限額法人税額の20%)
賃上げ促進税制 2022年4月1日から2024年3月31日までの間に開始する各事業年度(個人事業主は2023年から2024年まで) 雇用者全体の給与支給額が前年比1.5%以上増額で15%税額控除 雇用者全体の給与支給額が前年比2.5%以上増額で15%税額控除・教育訓練費が前年比10%以上増加で10%の税額控除(最大40%税額控除・控除上限額法人税額の20%)

教育訓練費の明細書の扱い

賃上げ促進税制では、上乗せ要件における「教育訓練費」の明細書の扱いが変更されています。

まず所得拡大促進税制では、教育訓練を実施した時期や期間、内容などを記載した「明細書」を確定申告書に添付しなければなりませんでした。

しかし賃上げ促進税制では、手元で保存すれば提出する必要はないとされています。

対象の中小事業者等

賃上げ促進税制の対象になるためには、まず「青色申告」していることが前提となります。

法人の場合、法人税の青色申告の届出を行い、複式簿記で帳簿を付けることが必要です。

個人の場合も、事前に開業届と青色申告承認申請書を税務署に提出しておくなど準備が必要になります。

その上で、賃上げ促進税制の対象となる中小事業者等とは、次の3者です。

中小企業
  • 資本金または出資金が1億円以下の法人(同一の大規模法人から2分の1以上の出資を受ける法人や複数の大規模法人から3分の2以上の出資を受ける法人は除く)
  • 資本または出資を有しない法人で常時使用する従業員が1000人以下の法人
協同組合
  • 中小企業等協同組合・出資組合である商工組合等
個人事業主
  • 常時使用する従業員が1000人以下の個人事業主

税額控除の要件

賃上げ促進税制で税額控除の対象となるためには、一定の要件を満たすことが必要です。

たとえば中小企業の場合、従来までの上乗せ要件は、雇用者全体の給与等支給額前年比2.5%以上と教育訓練費のどちらの要件も満たさなければなりませんでした。

しかし個別に加算されるようになったため、最大で40%の大幅な控除も認められます。

賃上げ促進税制で満たすべき要件は次の2つです。

  1. 通常要件
  2. 上乗せ要件

それぞれ分かりやすく説明していきます。

通常要件

賃上げ促進税制の通常要件は、2022年4月1日から2024年3月31日までの期間に開始する事業年度が対象です。

必要となる最低要件は、雇用者給与等支給額が前年度と比べたとき1.5%以上増加していることとされています。

この要件を満たすと、控除対象雇用者給与等支給増加額15%を、法人税額または所得税額から控除されます。

控除対象雇用者給与等支給増加額=雇用者給与等支給額-比較雇用者給与等支給額
税額控除額=控除対象雇用者給与等支給増加額×15%

上乗せ要件

賃上げ促進税制の上乗せ要件は、適用要件の「雇用者給与等支給額」が前年度と比べたとき2.5%以上増加していることであり、クリアすれば税額控除率を15%上乗せできます。

また、職務に必要な技術や知識を身につけてもらうための教育訓練を従業員に受けてもらう場合、適用要件を満たす「教育訓練費」が前年度よりも10%以上増えていることが必要です。

教育訓練費の要件を満たせば税額控除率を10%上乗せでき、どちらか一方を満たせばそれぞれの控除を受けることができます

また、どちらの上乗せ要件を満たせば最大40%の税額控除を受けることができるため、大きな節税につながることでしょう。

賃上げ税制の申請方法

賃上げ税制の適用は、事前の認定や申請手続などの必要はありませんが、青色申告事業者が対象の制度であるため白色申告事業者は対象外です。

また、青色申告で申請しても、適用を受けたい事業年度に青色申告事業者でなければ対象にならないため注意してください。

なお、法人が法人税の税額控除を受ける場合、確定申告書を提出するときに、以下の書類を添付することが必要です。

  • 別表(法人税申告書)
  • 適用額明細書
  • 対象者の給与等支給増加額や控除金額などを記載した明細書
  • その他(教育訓練費の上乗せを希望する場合、実施時期や受講者・支払証明などを記載した書類)

確定申告書で法人税の税額控除を反映させて記載し、上記の必要書類を添付した上で所轄の税務署に提出します。

要件を満たせば従業員全体の給与等支給額の増加分に対し、15%から最大で40%の税額控除が適用されますので、活用したほうがよい制度です。

ただし税額控除を目的とした従業員の給与引き上げによって、収益性や資金繰りに影響を及ぼす可能性もあります。

安定した収益や資金繰りの状態でなければ、増額した給与で経営が圧迫されるリスクがあることは留意しておきましょう。

賃上げ税制のメリット

従業員の給与を積極的に引き上げるなどの対策を行い、賃上げ促進税制の適用を受けることで次の2つのメリットがあるといえます。

  1. 法人税を節税できる
  2. 雇用・人材育成につながる

それぞれどのようなメリットがあるのか分かりやすく説明していきます。

法人税を節税できる

賃上げ促進税制のメリットとして、法人税を節税できることが挙げられます。

今回の税額控除は、法人税額から最大40%を直接差し引くことができます。

一定の要件を満たすことが必要ですが、たとえば従業員の給与を引き上げたとしても、税額控除により賃金増額分の負担を軽減できるでしょう。

従業員の待遇見直しやモチベーション向上に向けた給与引き上げを検討している企業などは、節税効果も得ながら定着率もアップさせることが期待できます

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雇用・人材育成につながる

賃上げ促進税制のメリットとして、雇用・人材育成につながることが挙げられます。

従業員の給与が上がることや、キャリア形成につながる教育訓練を促すことで、収入をアップさせた状態で専門的知識や技術を学ぶことができます。

既存の従業員の人材育成につながることはもちろんのこと、新たな雇用におけるアピールなどにもつながると考えられます。

賃上げ税制のデメリット

中小企業等にとってメリットの大きな制度である賃上げ促進税制ですが、次の3つのデメリットには留意しておきましょう。

  1. 新規設立企業・赤字企業は使用不可
  2. 税制優遇は法人税のみ
  3. 資金繰り悪化リスクあり

それぞれどのようなデメリットかわかりやすく説明していきます。

新規設立企業・赤字企業は使用不可

賃上げ促進税制のデメリットとして、新規設立企業・赤字企業は使用できないことが挙げられます。

まず青色申告事業者が対象であるため、白色申告事業者は適用できません。

さらに青色申告の申請を行っていたとしても、適用を受けたい事業年度に青色申告事業者でなければ適用不可となります。

そして従業員の給与の引き上げについては、前年度よりも給与等支給額を増加させていることが必要です。

そもそも税額控除の制度であるため、赤字経営で中小企業などは法人税、個人事業主は所得税の納税義務がない場合は対象になりません

そのため前事業年度が存在しない新規設立事業者や、赤字企業などは適用の対象外となります。

なお、2024年度税制改正で賃上げ促進税制が強化されます。

中小企業の赤字法人を対象として創設する税額控除の繰越制度について、経済産業省は期間を10年間にする要望をだしているとされているため、今後は新たな情報に期待しましょう。

税制優遇は法人税のみ

賃上げ促進税制のデメリットとして、税制優遇は法人税のみ(個人事業主は所得税のみ)であることが挙げられます。

税制の優遇が法人税または所得税の税額控除と限定されているため、税負担が少ない企業が取り入れても給与引き上げのコスト増加が大きく、恩恵を得にくいと考えられます。

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資金繰り悪化リスクあり

賃上げ促進税制のデメリットとして、資金繰り悪化リスクが挙げられます。

従業員の給与を引き上げることを促進するための制度であるため、要件を満たすための賃上げが資金繰りを悪化させるリスクは十分あります。

確かに給与引き上げで賃上げ促進税制の税額控除は受けることができるものの、支払う給与以外にも、労働保険や社会保険などの保険料負担も増えます

そのため損益やキャッシュフローなどと給与引き上げによる効果を比較しつつ、導入を検討することが必要です。

仮に給与を一旦引き上げてしまうと引き下げることは難しいため、慎重な判断も求められます。

従業員の給与引き上げに資金を充ててしまい、設備投資に回すことができず労働生産性を低下させることにならないかなど、中長期的な目線での検討や導入が必要です。

まとめ

賃上げ促進税制は、中小企業などが利用したい制度です。

たとえば中小企業が適用要件を満たすことで、15%から最大40%の税額控除が可能となります。

ただし給与等・教育訓練費・国内雇用者・雇用安定助成金額などの範囲を細かく確認することが必要となります。

従業員の定着率向上や優秀な人材獲得において、給与引き上げ等を検討したくても、コストが気になって実践できない場合もあるでしょう。

しかし賃上げ促進税制を活用することにより、税額控除率を高めれば給与増額分の負担を軽減できます。

ただし収益性や資金繰りに不安のある企業が制度を取り入れた場合、税額控除よりもコスト負担のほうが大きくなり、経営を圧迫する恐れもあるため注意しましょう。

今後の中長期的な活動や資金繰りに注意しつつ、慎重に導入を検討することをおすすめします。